佃煮と東京湾
城南地区の巻 @

最近の東京湾は、都民と周辺の住民が環境問題をやかましく取上げ、海ゃ河川の汚染を無くすように頑張っているので、魚や貝類も安心して生息するようになってきたようです。
東京湾のその昔は、瀬戸内とならんで有数の魚介類の宝庫でした。潮の流れは、黒潮が沖合を流れ、湾の入り口で静かに分派し、温暖で海の動物たちには本来住好い海流なのです。この東京湾は東京都、神奈川県、千葉県に囲まれ大島を境に太平洋の外海へとつながつて、東京港、横浜港などがあり、産業の玄関口としての大事な役割を果たしています。横浜方面から大師橋を渡り、間もなく東京の空の玄関羽田空港の入り口、この辺り一帯を羽田地区と呼びます。
江戸時代は羽田漁師町(大田区)と上殿町(川崎市)を渡る「羽田の渡し」が存在していました。この渡しは小島六佐衛門組が営んでいました。ここで使われた渡し船は、20〜30人の人が乗れるかなり大きなもので、この船を利用して魚介類、農産物、衣料品など生活に必要な品々が羽田と川崎の間を行き来していました。この羽田の渡しは、昭和14年に大師橋が開通し、廃止されるまで物資の交流だけでなく、人々の生活、文化の交流に大きな貢献をしてきました。大師橋の袂には釣り船の乗り場があり、今でもその面影を見る事が出来ます。
昭和の初めから昭和30年代までは、この辺りでもアミが沢山とれていました。生炊きあみの佃煮を温かい御飯にのせてたべる味は、日本の食事をしたなと彷彿させるものがありました。かつてはアサリの殻を取って佃煮加工業者に商いをするハタキ屋という専門業者が何軒もありました。
佃煮を炊く業者も大谷政吉商店、オオタニ、長島、高沢食品、丸安商店、横浜佃煮製造、海幸食品、佃浅商店、貝新などが、それぞれ工夫した伝統的の技で現代の嗜好に合させて美味しいバラエティに富んだ佃煮を生産しています。
(東京城南地区紹介JFN記者)
大師橋名所&名産

「羽田の渡し」の碑歩いて数分に大谷政吉商店の佃煮製造直販の売店があります

お品書き
あさり、あさり昆布、山菜あさり、たらこ昆布、にしん太巻昆布、ほたて貝味付け、ちりめん、小女子、生あみ、しそ昆布、しいたけ昆布、いかあられ、はぜ甘露煮、ギフト小箱各種
ご贈答の発送も承ります。

株式会社 大谷政吉商店
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TEL.03-3741-6375
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佃煮