HACCP時代の食品加工と微生物
米飯類(2)

東京水産大学食品生産学科教授 藤井建夫

酵母や乳酸菌も重要な変敗菌
 酸を用いて食品を保存する方法は古くから行われてきたが、この際に用いる酸の種類によって、同じpHでも微生物の増殖に及ぼす効果が異なることに留意する必要がある。有機酸の中で酢酸は各種細菌に対して最も増殖阻止効果に優れ、pH5.0でのMIC(最小増殖阻止濃度)はグラム陰性菌に対しては0.04%、多くのグラム陽性菌に対しては0.1〜0.5%程度である。しかしかびや酵母は耐性が強く、酢酸0.5%程度では増殖
に影響はなく、MICは3.5〜4.0と高い。
 バチルスの増殖に及ぼす有機酸の影響を調べた結果では、有機酸の抗菌力は、酢酸>アジピン酸>コハク酸>乳酸>リンゴ酸>クエン酸>酒石酸>塩酸の順で大きい。また、いずれの有機酸もpHが低下するほど非解離型分子の割合が増えるので低pHほど抗菌力は強くなる。
 前回に、米飯の基本的な変敗菌として何種類かのBacillus属細菌を挙げた。家庭でふつうに炊いたご飯類は今でもこれらの菌が主要な変敗菌であることには変わりはないが、コンビニ、スーパーなどで販売されている日配米飯類(おにぎり、弁当、すし、丼物、配達給食弁当など)ではBacillusをコントロールするために、有機酸やその他の制菌剤を用いてpHを5以下に調製している(調整前のpHは約6.5)ことが多いので、変敗菌はBacillusよりも、低pHで増殖可能な酵母や乳酸菌が問題となる。
 また酢酸を用いるすし類も同じ理由で、酵母による変敗が問題となりやすい。前に取り上げたのり巻きの白斑現象もこのような変敗の一例である。またいなり寿司の変敗では酢酸エチル臭(シンナー臭)がする例があるが、これはHansenula anomalaなどの酵母によるものである。

米飯で起こりやすいブドウ球菌食中毒
 米飯類で起こりやすい食中毒菌としてまず黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が挙げられる。
 ブドウ球菌食中毒は代表的な毒素型食中毒である。食品を汚染した黄色ブドウ球菌が増殖する際に産生した毒素を摂取することにより、嘔吐、吐き気を主症状とする食中毒を引き起こす。ブドウ球菌自体は65℃以上の加熱で死滅するが、毒素は耐熱性が強く、120℃20分の加熱でも完全に破壊されない。
図1.わが国におけるブドウ球菌食中毒の原因食品

 図1はブドウ球菌食中毒の発生件数を示したものであるが、この図からブドウ球菌食中毒は握り飯を主体とする「穀類およびその加工品」(例えば、握り飯、いなり寿司、巻き寿司、麺類)で最も起こりやすく、ついで「複合調理食品」(弁当類、調理パン、複合惣菜、丼ものなど)であることがわかる。「その他」は会食料理や旅館、ホテルなどでの多品目料理が主であり、これにもご飯が含まれる。これらはいずれも、加熱調理後に従事者の手指により成形、盛り付け、詰め合わせなどが行われる食品であり、従事者の手指からの汚染が原因であることが多い。
 都内大型店の仕出し弁当従事者を対象にした調査では、手指から16%、鼻前庭から17%で黄色ブドウ球菌が検出されており、特に鼻炎患者では50%、手が荒れ気味の人で21%、手に傷のある者では42%の検出率であった(平常者では14%)。

手に傷をしたお母さんのおにぎりにご用心
図2.米(白米)中でのブドウ球菌の増殖と毒素産生におよぼす温度の影響

 米飯における黄色ブドウ球菌の増殖と毒素量の関係を調べた例を図2に示す。この図から、毒素の蓄積は30〜45℃の範囲で速やかで、25℃ではかなり遅れ、20℃以下または50℃では120時間の間には毒素の蓄積は見られない。このことから、ブドウ球菌食中毒は25〜45℃が発生しやすい温度域といえる。この温度帯に6〜8時間放置すると食中毒の発生要因となりやすい。
 この食中毒が発症するのに必要な毒量は成人で1マイクログラムといわれており、これは、図2で10ナノグラム/gの毒素が産生された米飯を100g食べた場合に相当する。 夏期に調製直後のおにぎりをホイルで包んで黒色カバンの中心部に置いてその後の温度変化を調べた実験(図3)では、調製から喫食までの長時間、本菌の至適温度域に保持されることがわかる。このことから、手荒れがひどかったり、手に傷をしているお母さんが作ったおにぎりを持って遠足に出かけた子供が昼にこれを食べて食中毒にかかるようなケースは十分考えられる。
 この菌の毒素は20℃以下ではほとんど産生されないので、予防には低温保存も有効であるが、米飯は18℃以下になると固化しやすいため、手袋やラップで握ったり、調整後に90秒程度、電子レンジで加熱するなどして、調整直後の付着菌数をできるだけ減らすことが重要である。
図3.おにぎりの中心部温度推移