HACCP時代の食品加工と微生物
HACCPのその後の動向(3)

東京水産大学食品生産学科教授 藤井建夫

加工場でのHACCPの適用
 前回に述べたHACCPシステム(7原則と12手順)は実際の加工現場では次のようにして日常の衛生管理に適用される。
 まず、HACCPチームが対象となる製品毎に、製品の特徴や製造工程の流れを把握し、各工程で考えられる衛生危害の原因を明らかにし(HA)、それを予防するために迅速平易に行いうる重要管理点(CCP)と管理方法・基準などを決め、HACCPシステムを作り上げる。HACCPを適用する加工場での日常の作業は、(1)このシステムで計画された手順に従って管理項目のモニタリングを行なうこと、(2)必要な是正措置や検証を行うこと、(3)それらを記録することである。
 例えばレトルト食品を製造する場合、この製品の危害因子としてボツリヌス菌中毒が考えられるとしよう。一連の工程のうちこれら微生物危害の原因となりうるポイントとしては、巻締め不良、殺菌不足が考えられ、それらを制御することにより危害が予防されるのであれば、これがCCPということになる。このCCPの具体的な監視としては、原料解凍後の品温・放置時間の測定、巻締め状態のチェック(またはシーマの確認、真空度など)、殺菌条件の自記などを行うことになる。またHACCPではこれらの観察・測定結果を克明に記録し、管理責任者の元に掌握できるようにするとともに、管理基準から逸脱した場合には直ちにその工程作業を中止するなどの措置をとりうることが不可欠である。さらに一連の観察・測定結果や逸脱時の対応などの記録を保存することが重要である。
 鮮魚加工におけるHACCPの例として、鮮魚のガス置換包装についてまとめたものを表1に示しておく。
工程
危害
CCPの重要度
管理基準
監視項目
不都合時の措置
原料入荷原料魚の鮮度低下CCP2入荷時の品質入荷時の証明書鮮度低下または基準外の原料は使用中止
保管保管中の鮮度低下CCP2保管時T-T基準作業開始までの時間 
頭・内蔵除去
魚体処理時の鮮度低下
内臓・器具・手指からの細菌汚染
CCP2 魚体の洗浄状況
手指の洗浄状況
左の事項の確認 
三枚卸 品温上昇による劣化
器具からの二次汚染
PP
CCP2
作業時T-T基準
器具の洗浄状況
品温(室温)、作業時間異常を認めた場合、そのロットは出荷停止
ガス置換ガス混合比のミス PP
CCP2
ガス混合比・流量左の事項の確認 
包装 シール不良
ピンホール
CCP2
PP
シール
包材
左の事項の確認 
保管保管中の鮮度低下CCP2保管時T-T基準品温(室温)T-T基準オーバーのものは出荷停止
出荷   出荷時刻、出荷時品温 
CCP2:危害を確実には防御できないが、軽減できる重要管理点。
PP:HACCP導入の前提となる一般的衛生管理事項。
T-T基準:輸送・保管中の時間と温度の組み合わせによる基準。
表1 加工場でのガス置換包装鮮魚のHACCPの例
鮮魚の品質は、その生息環境や漁獲法によっても影響を受けるため、水揚げ後の取り扱いだけでなく、漁獲時からの監視も重要である。この食品の危害因子としてはヒスタミン生成によるアレルギー様食中毒が想定される。表1からも分かるように、鮮魚加工のHACCPでは、加熱殺菌のような確実なCCPは設定できないので、原料入荷時の品質の確認のほか、T-T基準と略記した輸送・保管の所要時間と温度の組合せ基準による低温管理が中心となる。

一般的衛生管理プログラム
・施設・設備の衛生管理
・施設・設備、機械・器具の保守管理
・鼠族・昆虫の防除
・使用水の衛生管理
・排水及び廃棄物の衛生管理
・従事者の衛生管理
・従事者の衛生教育
・食品等の衛生的取り扱い
・製品の回収プログラム
・試験・検査に用いる設備等の保守管理
表2 一般的衛生管理プログラムの
主な内容
 HACCPは原材料の生産から製品の流通・消費に至る間の食品の流れに注目した衛生管理である。したがってHACCPを効率よく進めるためには、生産現場および加工場の環境や施設設備の衛生管理、従業員の教育訓練および健康調査というような衛生管理が十分行われていることが必要であり、それによって製造環境からの微生物汚染を事前に防止することができ、製造工程中の重要管理点(CCP)の数を絞り込んで、食品自体のCCPのコントロールに注意を集中することができる。
 
図1 HACCPシステムと一般的衛生管理プログラムの関係
(小久保、1998)
HACCPシステムの導入に当たってあらかじめ整備しておくべき衛生管理項目は一般的衛生管理プログラムとよばれ、表2のような項目が含まれる。このプログラムは欧米ではGMP(good manufacturing practice; 適正製造基準)として以前から行われているのに対し、わが国ではこの点の取り組みが遅れているため、HACCPの導入に際してはまずこれらの整備が必要となる。一般的衛生管理プログラムでは、あらかじめ標準作業手順書(Standard Sanitation Operation Procedure; SSOP)を作成しておき、これに基づいて日常の衛生管理を適切に行わなければならない。HACCPと一般的衛生管理プログラムの関係は模式的に図1のように示される。
 繰り返しになるが、HACCPに求められるのは、原料から消費に至るまでの製品の流れに沿った管理システムであり、工場の環境や施設の整備、従業員の健康調査というような従来からの衛生管理項目をいくら徹底してもHACCPを実行したことにはならない。両者の違いを十分理解したい。

HACCPのメリット
 従来の衛生・品質管理では最終製品の微生物または物理・化学的検査が主体であったが、これでは万一問題が明らかになっても、その時点では製品はすでに流通しており、後の祭りということになる。また抜き打ち的なサンプリングだけではすべての製品が安全であるという保障はない。
 HACCPの第1のメリットは食品衛生上の危害を合理的な方法によって未然に防止できること、またその結果、消費者や流通業者への信頼性が向上されるということである。
 第2に、HACCPシステムでは、各段階ごとに迅速に結果の得られる検査項目を設定し、その監視結果に基づいて管理するため、製品の出荷時点までにすべての結果が管理責任者の手元で掌握でき、管理項目に問題が生じたときには即対応できるという利点がある。すなわち、製品の事故防止や事故発生時に適切な対応ができることである。このことは一般の食品だけでなく、製造後直ちに出荷する日配食品などの衛生管理にも極めて有効である。
 3番目のメリットは、各工程におけるチェックポイントの監視記録を保存することが義務づけられるので、万一問題が生じた場合の原因究明も迅速かつ合理的に行え、自社製品にPL訴訟が生じたような場合にも記録に基づいて対応できることである。
 4番目のメリットとして、経費と時間の節約が挙げられる。これに関してはHACCPシステムの導入がコストアップにつながるのではないかという心配がある。しかしいくつかの試算では、GMPの部分へのコストはかかるが、HACCPの導入により日常的な経費は節減になるという。これまでの品質・衛生管理は最終製品の一般生菌数や大腸菌数測定など手間と時間のかかる作業によるのが普通であったのに対し、HACCPでは管理条件の設定やシステムの検証などの場合を除けば、日常的な微生物検査は不要となり温度測定程度のモニタリングで十分対応できるので、人員と経費がかなり削減できるからである。ただしHACCPが適正に機能するためには、従事者の訓練と微生物のよく分かる専門家を配置することが重要であろう。
 HACCPの効果は単に直接的なコストの減少だけでなく、その導入によって生産効率が改善されること、品質が向上、クレームが減少し、消費者の信頼が増すことや、従業員の意識や志気が高まり、社内の雰囲気が活性化されることなどの副次的な効果も大きい。