HACCP時代の食品加工と微生物
HACCPのその後の動向(1)

東京水産大学食品生産学科教授 藤井建夫

HACCPは食品業界の基礎用語
 本紙でこのシリーズを始めたのは1995年4月のことである。月刊HACCPの創刊が同年10月のことであり、その頃はまだHACCPという言葉は一般紙でもお目にかかることはなく、シリーズのタイトルを「HACCP時代の・・」とするのは少し先取りしすぎた感があったが、今やHACCPは食品業界では基礎用語になりつつある。
 HACCPについては本シリーズのはじめのころにその特徴を中心に解説したが、HACCP自体やその前提事項といわれる一般衛生管理プログラムについてはあまり触れなかった。そこで今回から数回にわたって、そのような問題とその後の動きについて、なるべくこれまでの記事と重複を避けながら述べることとする。
生物学的危害 食害
 消化器系伝染病細菌:赤痢菌、チフス菌、
  パラチフスA菌などA型肝炎ウイルス、SRSVなど
 食中毒細菌:腸炎ビブリオ、サルモネラ、
  黄色ブドウ球菌、カンピロバクター、病原大腸菌、
  ボツリヌス菌、ウエルシュ菌、セレウス菌、
  NAGビブリオなど
 人畜共通伝染病:リステリア、連鎖球菌、炭疸菌など
 マイコトキシンと産生菌
 ヒスタミンと産生菌
 寄生虫とクリプトスポジウムなど原虫
腐敗細菌
高度のカビ、酵母汚染
科学的危害
科学物質:重金属、残留農薬、残留抗生(抗菌)物質、
 PCBなど
自然毒:マリントキシン、毒草、毒茸など
物理学的危害
危険な物質:金属片、ガラス片など
表1 HACCPで対象とする危害
 HACCPとはHazard Analysis and Critical Control Point の略称で、「食品の危害分析・重要管理点(監視)」方式と訳されている新しい衛生管理システムである。ここで言う危害とは、健康に害を及ぼすおそれのある生物学的、化学的または物理的な要因(表1)である。このうちHACCPが最も有効なのは生物学的要因(食中毒・腐敗細菌)に対してである。またHACCPは衛生管理だけでなく品質管理にも有効であるといわれる。わが国でも1995年に食品衛生法が改正されたが、その主要な改正点はHACCPの考え方を「総合衛生管理製造過程」という呼び方で導入した点である。
1.危害分析
2.CCP(重要管理点)の設定
3.CL(管理基準、許容限界)の設定
4.モニタリング方法の設定
5.改善措置の設定
6.検証方法の設定
7.記録の維持管理
表2 HACCPの7原則
 このシステムは、従来のように最終製品の抜き打ち的な微生物学または物理・化学的検査に基づいて衛生・品質管理を行うのではなく、表2に示す7原則に沿って、食品の原材料の生産から最終製品の消費にいたるまでの各段階ごとに発生するおそれのある危害因子(たとえばボツリヌス食中毒など)とその発生要因(殺菌不足など)をあらかじめ分析し、
図1 従来方式とHACCP方式による衛生管理
(大日本水産会資料より)
それを防除するために必須な対策(殺菌条件など)を立て、これがいつも守られていることを監視(温度モニタリングなど)・記録することにより、危害の発生を未然に防止する科学的な衛生管理システムである(図1)。このシステムが効率よく機能するためには、施設設備や従業者の衛生といった一般的衛生管理事項が実施されていることが必要である。

米国・EUではHACCP導入は義務化
 HACCPの起こりやその後の経過について、ここではその概要を図2に示し、詳細は省略する。
 すでに米国FDA(食品医薬品局)では1995年12月すべての水産食品に対してHACCPの実施を義務づける連邦規則を公布、2年の猶予期間の後、97年12月から施行されている。

米国
WHO(世界保健機関)
1960年
宇宙開発計画(アポロ計画)の一環として宇宙食の微生物学的安全性確保のために開発される。

1970年
1971年 第1回米国食品防護委員会において初めて公表される。
1973年 FDA(食品・医薬品管理局)により低酸性缶詰食品のGMP(適正製造基準)の中に取り入れられたが、広く普及するには至らなかった。

1980年




1985年 米国科学アカデミーの食品の微生物学的基準分析委員会
   ↓ 勧告 ↓
食品生産者:自主衛生管理のための積極的な導入
行政当局:法的強制力のあるHACCPシステムの採用


1989年 米国食品微生物基準諮問委員会からHACCPのガイドラインが公表される。
1980年 HACCPシステムの導入が将来の食品の微生物管理の方向を示すものであると報告。
1982年 食品のHACCPシステムに関する報告書を出版。





1988年 ICMSF(国際食品微生物規格委員会)
        ↓勧告
WHO:食品の国際規格にHACCPシステムの考え方を導入
1990年
1992年 1989年のガイドラインを改訂。


1995年 FDAから魚介類およびその加工品について、法的強制力のある衛生取り扱い規制が示される。
1996年 USDA(米国農務省)から食用肉およびそれらの加工品について、法的強制力のある衛生取り扱い規制が示される。

1993年 国際規格を司るコーデックス委員会からシステム適用のためのガイドラインが示される。




1997年 1993年のガイドラインを改訂し、国際的ガイドラインとして正式に採用される。
図2 HACCPの起こりとその後の動向(小久保、1988)
 また食肉、食鳥肉、食肉製品については、農務省食品安全検査局(FSIS)により1996年7月に最終規則が公示されており、1998年1月からは加工場の規模に応じて段階的にHACCP規制が実施されている。
 一般食品(食肉、食鳥肉、食肉製品以外)についての動向は未定であるが、乳・乳製品、サラダなどの ready to eat 食品を中心に導入されるであろうといわれている。
 このように米国では食の安全性確保への取り組みが「農場から食卓まで」というスローガンのもとで強力に進められている。1997年1月、クリントン大統領は21世紀に向け食品の安全性確保をより強化する声明を発表、98年度用に4,320万ドルの予算を計上、その後さらに99年度に向け7,000万ドルを追加計上している。
 国連のFAO/WHO(Codex規格委員会)では1993年7月、HACCP方式を積極的に普及する方向で「HACCP方式の適用に関するガイドライン」を策定、各国政府に勧告した。このガイドラインはさらに改訂され、1997年に国際的ガイドラインとして正式に採用された。現在各国ではこのガイドラインに基づいてHACCPシステムの導入を進めている。
 HACCP方式の導入はEUでも積極的に進められており、EUの前身であるECでは1993年からEC域内および輸入の水産物、食肉製品、乳製品の製造に対してHACCP方式に基づく新規制を制定しており、各加盟国は自国の食品衛生規制の中にHACCP導入を盛り込むことが求められている。
 以上のほか、カナダ、フランス、タイ、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシア、チリ、ノルウェー、メキシコ等においてもHACCPの導入が進められている。しかしHACCPに対する取り組み方のスタンスは国によってずいぶん異なり、米国やEUでは導入を義務化の方向にあるのに対し、その他の国では輸出向けの食品を中心に自主導入の方向で検討されている場合が多い。