生かされている伝統食品の知恵と価値

元農林水産省総合食品研究所所長
             元東京都立食品技術センター所長   渡辺篤二
自家生産から市販品へ
 伝統食品は本来恐らく自分の家の庭先で育ったものを使って自家用に作られて来たものであろう。しかし人口の都市集中で人々は自分でつくらず、市販のものを購入するようになつた。買う人が多くなれば売る人も充分採算がとれるのであろう。江戸時代すでに佃煮や煮豆が売られ、天秤棒をかついで一軒一軒をまわったり、街頭に商品をならべた姿が描かれている。人口の都市集中が進めば自家生産品に対する市販品の割合は一層高くなる。広域流通となれば保存性が求められ、商品の姿、内容も当然制約を受ける、乾燥品や食塩、砂糖を多く含むものは商品化も早かったに違いない。佃煮、煮豆の他味噌、醤油、乾麺もその例であろう。これらに比べると豆腐や納豆は保存性が低いので簡単には商品化しなかった。豆腐は今日でも店の水槽で冷やしておいて買いに来るお客を待つのを見掛けるし、納豆はかっては出来たばかりのものを早朝く自電車で売り歩いたものである。
 人口1、300万の東京で毎日の食事を賄うことは大変な事である。多分主婦たちが自分達で材料を買って料理するのは野菜、魚、肉などの生鮮食品で、これさえも最近は冷凍、レトルト食品の形で商品化される。このようなことは消費者にとって結構なことに違いないがここで立ち止まって考えたいのはこのような簡便化、効率化によつて伝統食品が本来の姿、風味などを失うことはないだろうかということである。