海外まで商いに出かけた松前商人パワー
 
遠隔地へ行商に行くことを松前地区では「かんづめに行く」といいました。桶を頭上にのせて、遠出するわけにもいきませんので、商品をカンに詰めるようになったのです。”かんづめ”は、容器のカンに由来します。”カンヅメ”の起源は大正の初期です。かんづめの行商をはじめたのは鶴田夫婦であったと土地の長老のお話し。
 以来、かんづめ行商は急速に発展し、北はカラフト(サハリン)から南はタイワンまで、松前の足跡をしるすことになりました。
昭和12年日中戦争がおこるや、軍と共に勇敢にも中国大陸に渡り奥深く移動していきました。、それこそ命がけの商売です。これらの商人の中から、やがてみずから製造工場を経営する実力者が、ぞくぞくと輩出し、現在の松前珍味業界の繁栄につながっていきました。その繁栄の木曾は「おたたさん」なのです。松前では上手におたたができなければ、嫁にもらいてがないとまでいわれました。それほど良く働き、よく稼ぎ確り貯蓄していたようです。実際に土地の娘は、自分の嫁入り道具は、自分で稼ぎ出すくらいの働き者でした。なかには女たちたけでグループを組み、同じ木賃宿に泊まって行商に歩く場合もありました。しかし、バスや電車ににのるときには、荷物が大きいため、よく苦情わいわれ喧嘩になつたそうです。
 おたたは、戦後も細々とつづいていましたが、今は、その姿を見ることはできません。しかし、”かんづめ行商”が日本全国をまわって、珍味を普及した功績は、珍味食品業界全体にとっても極めて大きなものがあったのは確かです。おたたは、まさに”珍味市場開拓のパイオニアでした。
写真は「はんぎり競漕大会」
「はんぎり」とは、松前の浜で水揚げされるシラスを舟から運び出すときに使った大きな盥のような入れ物なのだそうです。おたたさんの勤労の尊い伝統と、心身を鍛えるリクレーションとして、
現代でも受継がれています。(今年も8月3日の祭りに行われます。)