古代の料理

B
目と心で楽しく
和食を食べて健康管理
江戸料理の始まり

現代の料理
卑弥呼の時代の古代料理は、活力原は米と芋が中心で、海の幸,山の幸も自然採集ですから健康食そのもでしょう。
本膳料理・・大名屋敷を中心に武家の間で食された上級武士の料理です。室町時代の七五三の膳から変化したもので、本膳とは二の膳以下に対する呼びかたで、正面に一の膳を出し飯をつけます。二の膳は左隣、三の膳は右側で、七の膳まで出します。
腰かけ料理・・芝浦の魚介の取引所に、江戸前の新鮮な魚を煮たり、焼いたり、揚げたりして腰かけて食べるヨシズ張りの大衆料理の店が出来たのが始りです。天麩羅屋、かばやき屋などもここから始ります。ポピュラーなレストランの始まりです。
会席料理・・江戸居住の大名留守居役などが、幕府や諸藩の交渉の時に会合饗応出された高級料理が始まりで、京都の有識料理と茶懐石料理と本膳料理とが融合して江戸の後期にできあがつたものです。
懐石料理・・懐石とは元来禅宗で温かい石を抱いて腹を温めることによって、一時の空腹を凌ぐことを意味しました。このことを点心するといいます。点心は腹の虫を押え心を落着かせることをいうのです。この懐石の言葉は後に饗応という意味になり、心から料理を楽しむ食事法ということになりました。安土桃山時代になり茶道の完成にあいまつて、茶席の後の亭主のもてなす心の料理となりました。茶懐石の祖型は、一汁三菜でしたが、茶器の希少にこる傾向がしだいに料理にも移り、珍器で、珍しいものや省略美を表す料理を振舞うことになっていきました。
 飲食物を器に盛ることを「よそう」といいます。これは「装う」と言う意味で、食べるものは器を含めて心をこめて装うことが大事です。そして感謝をこめて頂き、自然に「有難う」という言葉が出る時、その料理は体内で新しい命となって蘇ります。気配りをした健康的な料理を楽しく頂くことが、無理の無い健康管理ではないでしょうか。食べるものも美味しいから、健康によいから食べるだけではなく、目と心で楽しく頂くことを心がけたいものです。文化などと大げさなことを考えなくても、食べるものの生い立ちを知っただけでも、何か得(徳)をしたような気持ちになりませんか。このホームページではそんなお手伝いもしているつもりです。今、日本では元気なシルバー層も多くなり和食は21世紀の健康食品として再び国際的に注目されています。これからもいろいろな角度から素直に食事を勉強していきましょう。takeda
(写真はよい料理食材を創る潟с}食の小野正行会長・右側と武田です。京都ゆば料理のお店で)
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参考文献・日本食品新聞、伝承日本料理・柳原敏雄著・日本放送出版協会