日本食品新聞 2002年7月25日号掲載より HACCP時代の食品加工と微生物 -No.86- 
食品関連企業における微生物検査の意義(2)
東京水産大学食品生産学科教授 藤井建夫
 微生物検査の目的は品質管理と衛生管理
 前回に述べたように食品メーカーや検査機関などで行われる微生物検査は様々な
法的根拠や目的のもとで行われるが、それらは大きく品質管理に関連する検査と安全
性(衛生管理)に関する検査に分けることができる(表1)。前者では品質劣化に関
わる腐敗・変敗細菌が主な検査対象微生物である(ただし品質検査でも、発酵食品で
は乳酸菌などの発酵細菌が対象となる)が、一方、後者の安全性に関与する検査では
食中毒細菌が対象であり、このほか衛生指標細菌と呼ばれる菌群も検査の対象とな
る。このように、両者は検査の対象とする微生物や菌数の基準についての考え方が大き
く異なるにもかかわらず、検査の現場ではこれらの区別が曖昧な点もあるようなの
で、以前に書いたことのおさらいになるが、まず、腐敗・変敗と発酵の違い、腐敗と食
中毒の違い、さらに衛生指標細菌の意義について述べておきたい。
 腐敗・変敗と発酵はどう違う
 腐敗・変敗も発酵もともに食品が微生物の働きによって、次第に味やにおい、テ
クスチャー、外観などが変化していく現象である。いずれも食品がおかれた環境や食
品成分に適した微生物が増殖して食品成分を分解することで生じる現象である。
 発酵は、ヨーグルトや酒のように、糖類が分解されて乳酸やアルコールなどが生
成されるような場合が分かりやすい。一方、魚や肉でみられるように、タンパク質や
アミノ酸などの食品成分が分解され、硫化水素やアンモニアのような腐敗臭を生成
し、最後には食べられなくなってしまう現象は腐敗と呼ばれる。
 しかし、糖類が分解される場合が発酵で、タンパク質やアミノ酸が分解される場
合が腐敗かというと、そうではない。たとえば、米飯や野菜、果実類など糖質の多い
食品でも腐敗は起こるし、タンパク質性の大豆から作られる納豆は発酵食品と呼ばれ
る。また、発酵食品には乳酸菌を利用したものが多く、ヨーグルトや野菜漬け物など
はその代表であるが、牛乳を放っておいて乳酸菌が生えて凝固した時は腐敗と判断さ
れる。清酒のもと作りに乳酸菌は不可欠であるが、乳酸菌は清酒の変敗菌でもある。
 上の乳酸の例のように、同じ代謝産物が蓄積しても、ある時は腐敗、ある時は発
酵と呼ばれる。またジアセチルという物質はビールでは汗臭として嫌われるが、バ
ターでは特有香としてむしろ好ましい成分である。
 両者の区別は、食品や微生物の種類、生成物の違いによるのではなく、微生物作
用のうち人間生活に有用な場合が発酵、有害な場合が腐敗である。かまぼこにネトや
褐変が生じたり、魚肉に酸味がしたり、缶詰内容物が変質するなど、腐敗臭が強くな
くまだ完全には可食性を失っていないような場合には、腐敗といわず変敗ということ
がある。したがって、腐敗・変敗細菌の場合はなるべく菌数の少ないことが品質的に好ま
しく、発酵細菌の場合には逆に一定数以上の細菌が存在することが求められることに
なる。前号の表2で同じ乳製品でありながら、発酵乳では菌数が107/ml以上、乳飲
料では3×104/ml以下という基準はこのような理由による。
 腐敗と食中毒の違い
 腐敗と食中毒もともに微生物の作用によるものである。この違いについてもあま
り正確に理解されていないことがあるので、もう一度触れておきたい。
 腐敗は食品に微生物が増殖した結果、食品本来の色や味、香りなどが損なわれ食
べられなくなる現象で、微生物の種類がとくに限定されるわけではない。食品の成分
や微生物の種類によって一様ではないが、このような変化が現れるためには普通は食
品1g当たり107〜108程度の菌数が必要である。一般に腐敗した食品を食べても下
痢、嘔吐など特定の症状はみられない。
 これに対して、食中毒は食品衛生上問題となる特定の病原微生物(表2)が食品
中で増殖、または毒素を生産し、それを食べた人にその微生物特有の症状をおこすも
ので、O157のように極めて少数の感染でも発症するものはもちろんであるが、そうで
ない菌種の場合でも、発症菌数に達していながら食品は外見上、著しい変化を伴わな
いことが多いので、臭いや見かけで判断することは難しい。例えば、図1は腸炎ビブ
リオと腐敗細菌の増殖を対比して示したものであるが、腸炎ビブリオは3時間後に食
中毒発症菌数(10g食べたと仮定)の105/gに達しているが、この時点では魚の菌数
は103/g、揮発性塩基窒素も5mg/100g程度でまだ十分可食の状態にあり、気づか
ずに食べてしまうことになる。


 衛生指標細菌の考え方 
 もともと大腸菌群は井戸水などを介して発生する腸チフスや赤痢などの伝染病対策と
して、飲料水の糞便汚染指標という意味で調べられた。すなわち、これらの病原
菌は人や動物の腸内(糞便)にいるので、水が糞便で汚染されていれば、病原菌汚染
の疑いがあるということになるが、水中の微量の糞便汚染を肉眼や化学検査で証明す
ることは難しいので、糞便と密接に関係のある菌群として大腸菌群を調べることでそ
の汚染状況を知るという考え方である。
 現在はこのような病原菌対策としてよりも、食品原料や製品が食品として不適当
な取り扱いを受けなかったかどうかを知るための汚染指標としての意味合いが大き
い。
 現行の大腸菌群検査では糞便と直接関係のないいくつかの細菌群が検出されるこ
ともあるので、大腸菌群が飲食物から検出されても糞便汚染とは無関係のこともあり
得るが、疑わしきは避けるべきとの考えから、これらが検出されれば、原料の段階や
製品の製造・流通の段階で不潔な取り扱いを受けた可能性があるとみなされる。した
がってもう少し厳密に糞便汚染との関係を知りたい場合には、大腸菌が汚染指標として
用いられることもある。また大腸菌は凍結によって死にやすいので、冷凍食品の汚染
指標菌としては腸球菌が用いられる。
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