食べる知恵
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(日本食品新聞社おせち読本より掲載)

日本人の基本食・おせち料理
 イネをもつてきたのは南方系で、大豆を携えてきたのは北方系の人々です。日本列島には、もともと「原日本人」ともいうべき縄文人がいました。この三者が混血しあって日本民族の原型ができあがつています。日本の文化の多くは、外来の文化にも拒絶反応を示さず、どんどん吸収してさらに優れた物にしてしまうという柔軟性の底にあるのは、南方系、北方系が入り混じってでき上がった、血筋の幅広さではないでしょうか。
 食生活でも、この吸収性が生かされてきました。おせち料理もこの基礎の上にたって日本独自の料理として受け継がれてきた日本の基本食なのです。おせちの盛り付けの多くは日本人が、四季おりおりに食べてきたもののうちから、代表的なものを選び、その栄養成分を凝縮したかたちで、料理してあります。
 
おせち料理の起源は、日本人が米を作り農業を盛んに始めた頃からで、紀元前2〜3世紀に始まります。
当時の人達は四季折々に収穫される産物の喜びを、神に感謝することによって、単調になりがちな生活に節目をつけました。この季節の節に収穫物を神に供えることを「節供」といいます。供えたものを料理して豊作、大漁を願い、自然の恵みに感謝して食べる料理を「節供料理」、これがお節料理の始まりです。
節目の日の料理が「お節供」で、節供には他に1月7日の人日(七草の節供)、3月3日の上巳(桃の節供)、5月5日の端午(菖蒲の節供)7月7日の七夕(星祭)、9月9日の重陽(菊の節供)などがありますが、とくに重要なのは、年の改まるお正月ですから、お正月料理だけを「御節供」と呼ぶようになり、更につまって「おせち」となったのです。料理の素材は昆布、するめ、貝、干し魚などの海の幸、お米や豆、野菜などの野の幸、栗やクルミなどの山の幸など沢山あります。
 お正月料理を「おせち」というようになつたのは江戸時代からで、現在のおせち料理にも江戸料理の色彩が強く残っています。江戸時代からの基本的なおせち料理の材料をあげてみますと、勝ち栗、昆布巻、ごまめ、牛蒡、蓮根、人参、里芋、くわいなどが中心で、他にもこんにゃく、大根黒豆、かずの子、焼豆腐などを使っていますが、多くは日本人が四季折々に食べてきたものの中から、代表的な材料を選び、その栄養成分を凝縮したかたちで調理してあります。野の幸、海の幸、山の幸を上手にバランスよく品数を取り揃えていますが、タンパク質、でんぷん、ミネラル、ビタミン等の配分の工夫は、現代の栄養学にも通じ、昔の人の知恵には敬服します。更に感心するのは、これらの素材は解毒や健胃、疲労回復、強精、美容などの薬餌的成分も強いものが多いことです。おせち料理は不老長寿の健康食品としての科学的な根拠も充分に備えているのです
お重箱に美しく彩られたおせち料理には、健康管理の食品がぎっしりと詰まっています。しかも一つ一つ楽しい縁起言葉がつけられ、目と心と舌を癒してくれる「現代の縁喜食品」なのです。
(日本食品新聞社・武田)


おせちの縁起言葉
 伝統的なお重詰めは四段重ねで四季の彩りを 盛りましたが、現在では殆どが三段重ねどまりとなっています。
 一の重は色どり華やかな紅白蒲鉾やきんとん、伊達巻などの口取りと黒豆、数の子など。二の重は焼き物や酢の物を中心にし、一の重 が甘い物が主体だったのに比べ、こちらは酒肴やおかずとなるもので焼き魚や海老、なます等。三の重は保存のきく煮しめを中心に詰めます。



黒豆
 「黒」は日焼けで健康を意味します。「豆」は「まめに働く」に通じます。
丹波篠山の黒豆が名産として知られるようになったのは、今から240年前の江戸時代に篠山藩の青山の殿様(現在の東京の青山は篠山藩の殿様が住んでいたところからその名が残っています)が、時の将軍徳川吉宗公に、丹波篠山特産の黒豆を献上したことに始まります。すでに240年前に東京の真ん中に丹波篠山の殿様の住まいがあり、黒豆を献上する時、「下に下に」黒豆の荷駄が殿様と一緒に登城したのが、青山通り・ブラクビーンズロードです。丹波地方の農作物が大凶作で難儀していた時も、青山の殿様は黒豆の献上しました。将軍はその礼として年貢米を免除しました。このころから黒豆は貴重な豆として沢山作るようになりました。
昆布巻
「養老昆布」と書いて、「よろこぶ」と読ませ、不老長寿とお祝いごとに、広く用いられてきました。
ヨードやカルシウムが豊富な栄養食品です。昆布のグルタミン酸は脳の栄養として貴重なものです。味のよさだけではなくアルカリ性食品なので、酸性食品の多い正月料理のバランスを取ってくれます。





椛蜥J政吉商店

お多福豆
 「多くの福を招来する豆」また「子孫繁昌豆」とも呼び縁起のよい豆です。大きな粒がふくよかなおたふくの顔に似ていることから、口取りやおせち料理の一の重で、黒豆やきんとんと共に甘い盛付けの主役です。お多福豆はしっかりした美人を総称するように、美的形態と持ち味をしっかりと出すには、その製法は大変に微妙で職人技が必要なのです。


たつくり(ごまめ)
 素材はカタクチイワシ。「田」を「作る」は、むかしイワシ族を田圃の肥料にしたため。これを使うと、四万俵も五万俵も米がとれたので「五万米」ゴマメになったということです。
 小さいながら尾頭つきで、豊かさを祈願するめだたい食べ物。しかもカルシウム、タンパク質、ミネラルをたっぷり含んだ理想的な全体食。


栗きんとん
 黄金色は「お宝」に通じ、お金が沢山授かるようにと願う、おめでたい食べ物です。古くは干した栗を搗いた「かち栗」ですから、商売に「勝つ」、勝負に「勝つ」につなげ勝運が豊かになるようにという意味をもたせます。

はぜ・ふな甘露煮
 はぜやふなを甘辛くソフトに煮込んだ甘露煮は、日本独特の料理法 で、骨まで柔らかく調理してありますので、丸ごと食べられます。 はぜの習性によって、それぞれ各地で呼び名があります、出雲地方ではゴズ、見た目がゴックてズル賢い動作をするからということも聞きましたが、「野暮ったいように見えるが、機に敏捷に行動」と 相手を傷つけることなく敏捷に行動する愛嬌のあるお魚と捉えたいで すね。