古代からのメッセージ
                なぜおせち料理を食べるの
 幼稚園児がパソコンでお絵かきをし、コンピューターが社会活動のエネルギー源になっている現在でも、
お正月になると私たち日本人は昔ながらの食生活に回帰して、雑煮や「おせち料理」を食べます。
時の節目に「おせち料理」など特別の食べものをとることによって、自分の体調感に新しい生命力を吹き込む、
古代人の「神ごもり」と同じことを、無意識のうちに行っているのです。現代と古代の混在と調和こそ、
日本民族発展の原動力なのです。
 季節感も無く日常豊富な食品が溢れている暮らしのなかでは、食の路をはずれた商いのみが、嫌なニユースとしてクローズアップされて、やたら安全、安心のみが強調され、異常なくらいに不安をかき立ています。料理を味合う意識と自然の産物に感謝する心が薄れているのではないでしょうか。勿論、食事は生命を維持する基本ですから、安全なものを選定するのは当然です。

日本型食生活の基本
 世界一長寿国となった日本の元気な高齢者の多くは、バランスの良い日本型の食生活を基本にし、程よく健康を管理しています。さらに個性豊かな何らかの目的を持って生活し、そのリズムを楽しんでいるようです。ところが偏食と運動不足の団塊の世代以降の人達は、現在の元気な高齢者のような時代を過ごせるか、些か疑問です。
「おせち料理」は「安全、安心、健康、美味しい」を凝縮した、現代の食生活への古代からのメッセージなのです。
「おせち料理」を用意する季節になると、日本食の食生活を素直に見直してみることができます。
おせち料理は、美観プラス栄養バランスのよい食材が盛られている素直な日本の味なのです

             おせち料理の始まり
 おせち料理の源流は、神様や先祖へ供えた飲食物です。時代の流れの中で、「おせち料理」のなかみは、
少しずつ変化していますが、古い神社には古式のままの型が残されています。
 祭りが終った後、神饌をおろして食べたのが「おせち料理」や「雑煮」の始まりです。丸いお餅は神様に供えた鏡で、
真心を映した清らかなもの、ちぎってお分けする「お年玉」の始まりかもしれません。
元旦の朝の雑煮やおせち料理は、年越しの夜に「神」を迎えて祭った「直会・ナオライ」のご馳走なのです。
「ナオライ」は「営むりあい」から出た言葉で、ひとつのものを神様と人とが共同飲食する、祭りの後の宴会
のことです。神様とみんなで食べて神様の活力を頂き、生命をリフレッシュしたのです。ここでの神様とは、
私は自然の産物の霊ととらえています。自然の恵に感謝しながら産物の生命力を摂取する、そこに健全な思考も
生まれ、健康体のエネルギーが湧き、食を楽しみ美味しさが倍増すると思います。神様は珍味もお好き
(参考資料・日本食品新聞 TAKEDAより)